昔、米屋新聞を作っていた。
その時、友人だった川本さんが寄稿してくれたものが出てきた。
懐かしくて、アップしてみます。

梶谷米穀店がお送りする【おかあさんありがとう】②

『空腹』

うちは貧乏だったし、母親も朝から晩まで働いていたから、思い出はあまりないな。
親父は、俺が小学校のときに、どこかに出稼ぎに行ったきり帰ってこなくなった。
あまり笑わない母親だったよ。いつも同じ表情だったな。楽しかったことってそんなになかったんじゃないか。

俺には弟が二人いて、三人ともいつも腹を空かせていた。親戚付き合いはなかったし、近所のおばさんが何かくれることもなかったしね。まあ、そんな家だったんだ。

夕食は「一汁一菜」ってやつ。飯と味噌汁と焼き魚、ってやつだよ。それでもまあ、子供はちゃんと育ったんだ。

そうそう、飯に関して一つだけ母親の思い出がある。

夕方、俺が「おかあちゃん、ご飯たべよう」って言ったんだ。すると母親は、「暗くなるまで待ちなさい」、と言う。しばらくしてまた飯をせがむと、「もう少し暗くなってから」と言う。それから二時間くらいして、母親は飯の支度をしはじめた。

それで、飯を夢中で食っている俺たちに、ちょっと笑って言うんだ。

「よその人は、美味しい物を食べたくて贅沢ばかりしているけど、実はちっとも美味しくないんだよ。お腹をすかせるという最高の方法を忘れているからね」

俺が結婚してじきに母親は死んだ。孫の顔を見ることもなかった

母親の言葉の意味が分かったのは、俺にも孫ができた今ごろになってからだ。

いや、それを自分の子供に言ったことは一度もないよ。今は物が豊かな時代だからね。言ったってわかりゃしないだろう。

でも、もし俺が子供に言い残すことがあるとすれば、たぶんそのことかな。

無学で、働き詰めで、早くに死んだ母親だけど、今でも夕方になると、あの時の風景が浮かんでくるんだ。二人の弟はどうなんだろう。覚えているかな、あの言葉を。

(書き下ろし・川本富士夫)

お米で元気。九州 福岡 梶谷米穀店
http://www.kajikome.com/